激流戦隊錦川作戦報告書

<一打撃沈ヤナ対決ウニ蓮根作戦>

〜 濁流の錦川を下れ! 〜


[2000年秋季大遠征]


11月2日

 山口県岩国市を流れる錦川。
 木造のアーチ状橋である錦帯橋が有名なこの川では、春には桜やつつじ、藤が咲き、夏には名物の鵜飼や錦帯橋たもとでの花火。秋には紅葉が川を美しく彩る。そしてなにより、四万十川に勝るとも劣らぬその美しい流れは、我々旅系カヌーイストを魅了してやまない。

 しかし、だ。

 おれたちがいま見下ろしているのはそれとはまったく異なる恐るべき光景だった。濁流。
 おびただしい量の土砂を含んでいるのであろう、茶色い流れに覆い隠された川原、激しい流れにいまにも押し流されそうな岸の木々、逆巻く波の下に消えそうな沈下橋。
 荒ぶる自然が時に見せる、錦川のもうひとつの姿。
 最悪の情景であった。



 おれたちはローカル線・錦川清流鉄道の車窓から、濁流と化した川を見下ろしていた。
 九州沖にあった低気圧が台風並みのスピードと勢力で、瀬戸内から関東へ向かってなめるように猛進していったのだ。
 朝、東京駅から新幹線に乗ったおれは、昼ごろ京都で低気圧とすれ違った。その時点で猛烈な大雨だったし、それより西は天気は回復しているものの、川という川、用水路までさえもがことごとく濁流と化しているのを車窓からつぶさに目撃していたのだ。
 したがって、こんな光景は予想の範囲内だった。

 (ほほぉ、やはり凄まじく増水していたか....)と内心つぶやくことこそあれ、決して驚きなどしなかったのである。

 学校帰りの高校生で混雑する列車の4人かけボックス席を図々しく占領し、おれは向かいの席にいるなにわドレイ・ニシモトにたずねた。

 「おれは沈下橋が沈下しているのを初めて見たぞ。で、ニシモト、これを見ての感想は?」
 「こんな濁流とは.... ちょっと増水しただけの綺麗な錦川が見られるんだと思ってました。」

 そんなはずなかろう。
 あいかわらず、バカたれである。

 なにわドレイはさらに言った。

 「明日は下れますかねぇ?」
 「いや、おれはもう捨てた。」
 「え!?あきらめたんですか?」
 「そう、捨てた。まあ、聞け。ニシモト。おれはこうなることを予測して、新幹線の中でビール片手に日経読みながら代案を検討していたのだ。」
 「代案!!」
 「それを箇条書きで聞かせてやろう。まず、今日は予定どおり南桑で宿に泊まる。そして明日朝一番で岩国に引き返し、レンタカーを手配する。そして、だ。
  1. 広島方面に出てお好み焼き三昧。ソースはオリバーだのぉ。
  2. 下関方面に出てフグ三昧。しびれる肝だぜぃ。
  3. 日本海方面に出て刺身三昧。やっぱりイカかねぇ。
  4. 秘湯を見つけ温泉旅館で飲んだくれ。芸者呼べぃ。
  どうだ?」
 「おおっ!どれも捨てがたいですねぇ」
 「だろう!!」

 早くも方向性が狂い始めたおれたちであった。
 まぁ、ツーリングを始めて5年、下れないほどの増水に遭ったことはこれまでなかった。たまにはこういうこともあって当然だろう。いや、言い訳ではなく。

 列車が駅に停まる都度、高校生たちが降りてゆき、やがて車内はローカル線らしく閑散としてきた。それに伴うかのように、岩国ではよく晴れていたのに、空模様が怪しくなりつつある。

 時刻表(もちろん、おれのだ)を見ながら、プラン1〜4を検討するニシモトに、おれは言った。

 「問題は、だ」
 「問題?」
 「高野とどう合流するかだな。」
 「そっか、高野さんどうしてるんでしょうね?」

 居候高野は昨晩夜行で東京を発ち、今朝岩国に着いているはずである。予定では宅配便の営業所でカヌーなどの荷物を受け取ったあと、単独で上流から下り始めることになっていた。
 しかも、今晩おれたちは旅館なのに、居候高野はキャンプなのだ。
 もちろん、この増水では下るなど不可能だし、川原の多くが消滅しているのでキャンプだって難しい。
 冷静に考えれば、まずニシモトの携帯に連絡をとり南桑での合流を決めたあと、宿に電話して宿泊人数を追加する、というのが常識的な判断だろう。
 しかし、電話は入っていない。
 「困ってから困る」と言われるほど後先考えない居候高野のことである。こちらからは連絡の取りようがないので、

 「ま、とりあえずほっとくか」

ということになった。

 列車が南桑駅に近づいてきた。川をはさんで対岸に見覚えのある小学校が見えてきた。
 と、そのすぐ下の小さな川原になんとテントと人影が見える。

[ 淋しいキャンプサイト ]
 「あ、高野だ」
 「どこですか?あ、ほんとだ!」

 いまにも濁流に飲み込まれそうなちっぽけな川原で、居候高野の姿はとても小さく寂しげに見えた。

 「それにして、よくあんなとこでキャンプする気になる。あ、フネまで組み立ててあるよ」

 明日は温泉なのだからそんな張り切られても困るのだ。

 「まさか、下ってきたんですかね?」
 「いやあ。お前じゃあるまいし、そこまでバカじゃないよ」

 南桑駅に降り立ち川にかかる橋を渡る。間近で見る濁流はさすがに凄みがある。
 集落に入り宿に向かった。




 集落を通る狭い国道(いちおう)に沿って50メートルほど歩いたところに「割烹旅館まつや」はあった。外から見ると少し大きな2階建ての家にしか見えない。
 サッシの玄関を開けて中に入ると、おれたちが送っておいたカヌーやらキャンプ道具やらが積まれていた。
 奥からおばちゃんがやってきた。

 「いらっしゃい」
 「どうも、お世話になります。すみません、たくさん荷物送っちゃって」

 などと型通りの仁義を通していたら、外に居候高野がやってきた。列車を見て、おれたちが乗っているのだろうと見当をつけたようだ。

 「あんなとこでキャンプして、大丈夫なのか?」
 「天気予報だと雨は上がってるし、上流のダムに電話して放水しないことを確認したっす」
 「ま、そんならいいけど。とりあえず、あとで行くから」

 ということでおれとドレイ・ニシモトは宿に入った。
 おばちゃんは、

 「せっかく来てくれたのに、下れなさそうで残念ねぇ」
 「いやぁ、もう別プラン立てましたから。今日はのんびりさせてもらいます」
 「そう。今日はほかに誰もいないから」

 貸しきりらしい。ラッキー。
 通された部屋は6畳2間の、2人にはいささか大きすぎる部屋だった。これもラッキー。最悪、ドレイのいびきがひどくても別室に脱出できるのだ。
 お茶をいただいて、夕食の時刻をおばちゃんにお願いした後、川原のキャンプ地「濁流旅館・たかの」へ向かうことにする。
 国道沿いに歩きながら川原へ降りる場所を探す。本来なら、川原伝いに歩けるのだが、濁流で分断されてしまっているのだ。
 神社で地元のお祭りをやっているらしい。祭り囃子が聞こえる。なんだか懐かしいその音を後にして、小学校の校庭を抜け川原にたどりついた。
 列車から見たのとはちがい、意外に大きな川原が残されていた。周囲は林やら何やらで人気がない。

[ 濁流旅館たかのの侘しい夕食 ]
 居候高野はテントのそばで独りぽつんと料理の最中だった。料理といってもレトルトを温めるだけだ。侘しい。表情も寂しげである。ここのところ仕事がむちゃくちゃ忙しく精神的にかなりダメージを受けているのだとは、これは本人の弁。
 昼すぎに南桑に着いて、そのままキャンプすることにした、と暗く語る。

 「明日、下れるかなぁ?ダメだったらフグが温泉か、そういう方向で検討したから」
 「そうっすかぁ、もうやる気ないんすかぁ。まあそれでもいいっすね」

と、これまた暗く答えた。
 せっかく来てやったのだからビールでももらおうと思ったが、「これが今日の最後っす」と言って暗く飲んでる。しょうがないので宿に戻ることにした。明日の朝は、居候高野が宿に来て、行動を決めることにした。

 「じゃ、おれたち戻るから。戻って、風呂入って、ビール飲んで、飯食って、あ、日本酒も買ってあるんだ。君はそのレトルト食って、あと寝るだけだね」

 終始寂しげな居候高野に追い討ちをかけるようにカメラのフラッシュを浴びせて、おれとドレイ・ニシモトは旅館に戻った。



[ まつや旅館のリッチな夕食 ]
 なぜか有線が延々流れている風呂に入り、晩飯を待ちきれずビールを飲む。
 いや、いいね。
 やっぱり楽だよ。自分でメシ作らないで済むのは。

 やがてやってきた晩飯は、品数こそそれほど多くないもののなかなかにリッチなものだった。せっかくなので、これも箇条書きにしておこう。
 どうだ。旨そうだろう。ほんとにうまかったぞ。
 そういや、いまになって思い出したが、もともと今回の遠征には田口事務局長も参加する予定だったのだ。ところが5日前になって、突然「仕事が忙しい」などと、どっかで聞いたようなセリフとともにキャンセル食らわしやがったのである。
 飯食って思った。来ればよかったのに。ざまーみろ。


 食い終わったドレイ・ニシモトはごろりと横になったと思ったら、すぐに寝始めてしまった。会社を辞めて真っ先にやりたかったことが「寝ること」だったとはいえ、こうも幼児的・白痴的に寝られてしまうと呆れ返るほかない。
 風呂に入りなおしたころには、なにわドレイも起きていたので、2人でゆるゆると酒を飲み、11時に就寝。外はちょっと雨が降っているようだ。川べりで独り寝ている寂しい男はどうしていることやら。

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