激流戦隊仁淀川作戦報告書

<黒潮カツオ叩きまくり作戦>

〜 ドレイ・ニシモト大活躍! 〜


[2000年春季大遠征]


第4日・第5日

 キャンプ地がキャンプ地なのでやむをえないのだけれど、深夜、暴走バイク(たぶん1台)の爆音が響いたり、クルマが入ってこようとしたりで、どうにも騒がしい夜だった。

 6時に目が覚めた。ほんとうならもっと寝てるのだが、今日は9時までに撤収しないといけないので、我慢して起き上がる。夜は風があまりなかったらしく、フライシートは外側、内側両方とも結露して濡れている。
 フライなしで寝たドレイ・ニシモトはどうしてるだろうか。こりゃ、楽しみだ。

 外に出て、ドレイ・ニシモトのテントに行くと、やっぱりというか当然というか、テントの内側にびっしょりと露がついているのがわかった。叩くとしたたりそうである。
 中はいったいどうなってるんだろう。こりゃ、ますます楽しみだ。

 土手を越えたところにあるきれいな公衆トイレで顔を洗い、その脇の自動販売機で買ったコーヒーを飲んだ。

 河原に戻り2人を起こす。

 眠そうな顔をしたドレイ・ニシモトがテントから首を出した。肩越しにテントの中を見ると、ぽたぽたとしずくが垂れている。寝袋にも床にものべつまくなし。
 まるで雨だ。
 外は晴れてるのに。
 テント内は蒸し暑いので、まるで熱帯雨林気候である。

 「ぎゃはははは。晴れなのに雨を降らせる男、ニシモト、恐るべし」
 「まさか、こんなになるとは.....」
 「9時までに撤収だからな。こりゃ、乾かねえなぁ」

 もう7時近いので、さっさと飯(スパゲティ)を食い撤収にかかった。

 フライシートは夜露でずぶ濡れだし、フネも完全には乾いていないけど、それ以外はほぼOKだったので、素早くパッキングしクルマに担ぎ入れる。
 どうにか9時前にすべて片付けを終えることができた。

 昨日のおじさんをはじめとして地元の人達がやってきたので、お礼を申し述べて出発した。「また来いよー」と言ってくれるのが嬉しい。



 さて、例によってここから先は足早に語る。

 宿にチェックインできるまでの長い時間をつぶすために、必然的にうどんツアーになってしまった。その前に、高知市内で荷物を送り、身軽になった状態で高速を一路香川に向けて走った。
 琴平で降りた先のうどん屋はなんと臨時休業。しょうがないので、さらに高松に向かい、サラリーマンの昼飯時だったがなんとかうどんを食えた(田口事務局長はもう1軒行った)。
 再び高速で高知に戻る。1杯210円(大)のうどんを食うために往復300キロ走った。ある意味、究極のぜいたくであろう。

 ホテルで風呂を浴びたあと、高知市街に繰り出し、居酒屋で皿鉢を食う。うまかった。帰途、さらに酒を買いドレイ部屋を占拠して飲み続けた。

 翌日は、11時発の特急で岡山まで出て、そこから新幹線で帰途についた。
 ドレイ・ニシモトは当初東京に戻るはずだったのだが、GW後半の予定がつぶれたので、新大阪で降り帰省することになった。

 岡山駅で新幹線を待ちながら席を確認する。おれと田口事務局長は、

 「4号車のAとC。ニシモトは?」
 「たぶん、その間です....えっ!? 16号車??」
 「ああ、区間を変更したからだな」
 「16号車っていうと、ずーっと向こうですね」
 「そういうこったね。じゃあね」
 「.....お疲れさまでした.....」

 ドレイ・ニシモトは独り別の車両に乗るために慌てて去っていった。

 その後ろ姿を見ながら、おれは心につぶやいた----

 (今回は最初から最後まで、すべて君が主役だったよ。思えば、エプソンの看板から始まり、ケンコーツーの件、大粗沈、テープ絡まり事件、晴れなのに雨を降らせ、そして電話番号....最後にはこれか。やはり、主役は君にしかできない)

 早くも大成の兆しを見せはじめたドレイ・ニシモト。数々の武勇談と伝説を想い、おれはちょっと月影先生になった気がした。

(以上、隊長報告)





[追加報告]


番外編 〜 ドレイ・ニシモト伝説


評価表
たいへんよくできました、あるいはよくもやってくれたな
よくできました
もう少しがんばりましょう


初日、新宿東南側の居酒屋(ニシモトは行ったことがある)で待っていたにも関わらず、何を血迷ったのか西口に出ていた。しょうがないので、電話で「そこから何が見える?」などと遭難救助のような尋ね方をしたら、

 「エプソンの看板が見えます」

などと全然手がかりにならないことを言いやがった。手がかりとしては「富士山が見えます」とおんなじレベルだと思う。



高知駅前のトヨタレンタリースで業務用ワンボックスを借りたが、なんと席が2つしかなくあとは荷台だった。階級順なので、ニシモトはずっと荷台だった。
クルマを手配したのはもちろんニシモトである。



荷物を事前に送っておいた宅急便営業所がなかなか見つからなかったので、ニシモトが電話で場所を尋ねた。

 「はい、ケンコーツー(?)の西側ですね、はい、わかりました---ケンコーツーの西だそうです」
 「で、ケンコーツーってどこにあるの?」
 「え!?渡辺さん知らないんですか!!」
 「地元民じゃあるまいし、おれが知ってるわけねぇだろうがぁっ!!」



出発1日目、ニシモトが料理をしクリームシチューを作った。しかし、
「タマネギの原形が見えなくなるまで煮る!!」
とだだをこねた。



雨が降った翌日、ラジオをもってきたニシモトに天気を尋ねた(天気くらい聞いているだろうと思った)。答えは、
「天気はわかりませんが、タイガースは2対7で負けました」
だった。



出発2日目、それまでノー沈で通してきたドレイだったが、休憩がてら隊長艇に試乗したところ、瀬でもないのにいきなり沈しやがった。しかも、岸に泳がず、なぜか下流に向かって泳ぎはじめた。
おかげで隊長艇は水浸しになった。



途中上陸した「道の駅」で昼食を食ったが、ニシモトはなぜかライフジャケットを着用しており、周囲から不審な目で見られていた。
なお、ヤツが座った椅子はズブ濡れになっていたという。
まるで怪談だ。



最後の難所でニシモトは遂に沈した。そのとき積んでいたテープ一巻きがほどけて、ヤツの足に絡み付き脱出困難に陥った。

 「て、テープが絡んで!!」

という必死の声を我々は忘れない。なお、最終的に命は落とさず、かわりにビール1缶を落とすだけで済んだ(このビールは1キロ下流で回収された)。
でも、防水袋の閉じ方が甘く、寝袋などの荷物が浸水していたことが判明。



「晴れなのに雨を降らせる男」伝説。
上陸地点でキャンプしたときのこと。おれたちが忠告したにも関わらず、ニシモトはフライシートなしでテントを張った。
果して、翌朝、テント内は結露でびしょ濡れになり、しとしとと熱帯の雨が降っていた。



高知の飲み屋で飲んでいたときのこと。そろそろお酒にしようと思ったが、四合瓶を2人で飲むのはきつい(飲めるのはおれとニシモトだけ)。

「じゃ、300mlの瓶にしよう。おチョコを2つな」
と言ったら、

「すいません、このお酒を2つ」
などといって隊長を慌てさせた。
それぞれが1本ずつ頼んで、マイボトル化してどうする。



緊急用電話番号が....○△∞♀£※†∂☆....
 118って電話番号知ってますか? 海難事故用の緊急番号で、2000年5月1日から使えるようになりました。いままでは地元の警察や海上保安庁にいちいち電話しなけりゃならなかったのが、これからはこれ一発でOKです。
 そこで、おれたちは----

西本 「へぇー、118で海難救助の番号なんですかぁ」
田口 「そうだぜぇ。ところで、にしもとぉ、117って知ってる? これが川用なんだよ」 (何を突然)
西本 「え、やっぱり川用の番号もあるんですか!?」 (「やっぱり」??)
渡辺 「うん。ほんらいは、さ、急な増水や土手の崩落を河川局通報するための番号なんで、カヌー用ってわけではないんだけど、まぁ、状況が許せば使えるんだぜ」
(急な展開にうまく話を合わせる)
西本 「なるほどー」(完全に納得している)
田口 「だからさ、携帯のメモリにも入れておくほうがいいぜ」(ダメ押し)
渡辺 「まぁ、メモリで呼び出すのと、3つ数字押すのじゃ変わらんけどな。ビール買ってきてくれよ」 (いったん犠牲者を追い出す)

(西本、ビールを買いに部屋を出る)

田口 「...くっくっくっ、あんなにひっかかるとは」
渡辺 「完全に信じてたぞ。あいつ沈したとき、やばいっ!! 117だっ!! って電話したら、『ピッピッピッピッポーン ただいまより午前10時23分ちょうどをお知らせします』ってか」
田口 「まちがいじゃないかと思って、もう一度かけなおしてみたりして」
渡辺 「で、また時報、と...お、いかん、戻ってきた」

(西本、戻って来る)

(以上、隊長追加報告)


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