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居候高野の軟弱川旅日記

〜 十勝川遠征 〜


[1996年7月17日〜21日]


 夏という季節は、川下りにはそれほど向いていない。日が長いのはいいけれど、テントの中は暑くて寝ていられないし、水辺では薮蚊がたくさん発生して我々が上陸するのを待っている。そして鮎師というものがいる。大体6月頃に鮎釣りが解禁されるが、そうなると、それを待ち侘びていた鮎師が川に押し寄せ、日本は釣り人の数が多いから、川はぎゅうぎゅう詰めになってしまう。それが秋口あたりまで続く。地元の人はそうでもないけれど、都会から来た人たちは、遠くからはるばるやってきて、入漁料の元を取ろうと気が立っているから、フネが自分の竿の近くを通ると怒る。石を投げつけられることもあるという。そういう人たちに気を使いながら川を下るのは億劫である。そうかと言って、どこにも行かずに夏をまるごと棒に振るのはもったいない。


 そこで、北海道の十勝川に行こうと思う。北海道の川には鮎がいないので鮎師もいない。そもそも人があんまり住んでいない。それに気候が爽やかだから、涼しくて快適な旅になるだろうと考えた。


 蒸し暑い7月の終りの早朝、我々は羽田空港に集合した。今回の遠征メンバーは前回の四万十川のときと同じく、Wさん、A君、そして僕の三人である。7時45分発という飛んでもない時間の飛行機に乗るために、死ぬ思いで早起きをして、みんな仏頂面をしている。さっさと飛び立ちたいのだが、しかし搭乗の案内がない。帯広で大雨が振っているので出発を見合わせているということである。何にもすることがないので、とりあえず空港の中にある喫茶店に入った。

 「向こうは雨か」
 「くそー。今回は観光かなあ」

 こういう遠征のときには、予定に合わせて前々から切符を買っておく。そうすると遠征費用が大分安く上がるのであるが、天気の方は思い通りにならない。全くの運任せである。今回どうも運が悪いようであるが、向こうで雨に降られるのならあきらめがつくけれど、こっちで足止めを食っていたのでは話が進まない。帰りの切符だって買ってあるのである。ぶつくさ言いながら一時間ほど待っていると、ようやく我々が乗る便の搭乗案内があった。向こうではまだ雨が降っているらしいが、機長はやる気になったようである。


 飛び立ってやれやれと一安心したのだが、帯広の雨はことのほか激しいらしく、別のどこかの空港に降りるかもしれないなどと機長は言うのである。それは大変困る。我々は全員サラリーマンだからそんなに自由に休みを取れない。然るべく帯広に降りてくれないと日程に差し支える。急いで時刻表を開き、目的地にたどり着けるかどうか検討した。

「どこかに下ろされるとしたら、きっと千歳だろ。10時ちょっと前にに着いて、南千歳まで行って、あれ? そこから新得までは石勝線一本で行けるのか」

 新得は川旅の出発地点で、帯広から根室本線に乗ってそこに出る予定であった。

 「えーと、南千歳10時41分発の特急に乗れば、昼には新得に着きますね」

 お金は余計にかかりそうだけれど、日程にはそんなに影響がなさそうなので一先ず安心した。

「あれ。帯広空港に降りるのと、たいして変わんないね。千歳まわりの方が安かったりして」

 東京帯広間がJAS一社だけの寡占状態なのに比べて、東京千歳間は主要路線だから、何社も競合している。その方が割安だったかも知れないし、何本も飛んでいるから便利だろう。
 結局帯広の雨は収まったらしい。半分千歳に不時着するような気になっていたので、何だかほっとしたような物足りないような中途半端な気持ちのまま、飛行機は帯広空港に降りていった。


 バスで帯広駅へ向かう。曇り空の下に牧場や森や畑が延々と広がっていて、たまに建物があるが人は全然見えない。道は遥か彼方まで真っ直ぐに伸びている。ついさっきまで都会にいたので、こうも環境が変わると落ち着かないような気がする。うつらうつらバスに揺られていると、だんだん家が多くなってきて、ビルが立ち並ぶ帯広駅前に到着した。思っていたよりも大きな町のようである。
 外に出ると肌寒い。暑くてむしゃくしゃする東京から来たので我々はTシャツのままだが、道行く人々はみんな長袖を着ているので、場違いで落ち着かない。真冬にTシャツ一枚で秋葉原の電気街を練り歩く外国人を良く見掛けるが、彼らはどういう気分なのだろうかと考えた。
 帯広駅のホームで根室本線の列車を待った。この路線は十勝川の流れに大体平行に敷かれている。我々はこれから一時間上流の新得まで列車で遡り、そこから二日半、つまり行きの60倍の時間をかけて川を下り、帯広に戻ってくる。なかなか壮大な時間の無駄遣いである。
 することがないのでそこいらを見回すと、何やらポスターが貼ってある。

 「帯広市で花火大会があるらしいですよ」
と僕が言うと、Wさんが近寄ってきた。

 「どれどれ。十勝川の河原でやるのか。7月19日か、惜しいな。あと一日、帯広に着くのが早かったら見物して帰れるのに」

 7月20日に帯広に着く予定なので、花火大会がある19日は、まだどこかの河原でキャンプしているはずである。

 列車が着いたので乗り込んだ。飛行機が遅れたおかげで、この辺の高校生が帰宅するところに丁度ぶつかってしまい、車内は満員である。7月だというのにみんな上着を着ているから目の前が真っ黒である。さすがは北海道だと妙に感心した。
 座って寝ていくつもりでいたのだが、学生達でいっぱいなので、デッキに立って外を眺めた。人が少ない北海道といえども、駅の近くにはやっぱり家が集まっているから、そのあたりの風景は他の地方とそんなに変わらないはずなのだが、何だか違和感がある。暫く首を捻ったあとで気づいた。家を囲む塀とか垣根とか、そういうものがないのである。なるほど、こちらではやっぱり土地がふんだんにあるから、どこが隣との境目かなんてあんまり気にしないのであろう。少し羨ましい気がする。

 駅ごとに黒い学生が少しずつ降りていって、やっと空席ができたのでようやく座った。
 そうしてうつらうつらしているうちに新得駅に着いた。大きなザックを背負った登山客らしい人たちと共にホームに降りる。駅の西の方に1000メートルを越える山が連なっているので、彼らはそこに行くのであろう。


 駅の構内で蕎麦を食べ、タクシーで川のそばにあるという「湊商会」に向かった。
 湊商会の会長・湊隆蔵さんは「サホロACC」というカヌークラブの代表でもあり、カヌー乗りのために宅配便の受け取りをしてくれる。我々もありがたく、フネとキャンプ道具の荷物を送らせてもらった。

 湊商会は工具店のようであった。中に入って湊会長に挨拶し、荷物を受け取ってもらったお礼を申し述べた。お茶を一杯飲んで落ち着くと、会長は隣の建物に我々を連れていった。中に入るとそこはカナディアンカヌーの工房になっていて、作りかけのカヌーが二十艇くらい置いてある。まず骨組みを作って、その上から細長い木材を張っていき、FRPで仕上げるという工法で、伝統的な形をしていて大変美しい。
 費用はどのくらいかかるのですかと聞くと、この辺で取れる木材を使うから材料費はたいしたことはないそうで、問題になるのは作る時間だけだそうである。

 「25歳くらいの女の子も作っているんだよ」

と湊さんは言った。


 その後、湊さんは我々を車に乗せ、十勝川を案内してくれた。仕事をほったらかしているようで、どうも恐縮する。川にかかる橋の幾つかで車を停めて偵察をした後、上流の屈足湖へ行った。ここはダム湖であり、昔は一般人は立ち入り禁止になっていて、カヌーを漕ぐことなどできなかったのだが、会長が話をつけて開放させたそうなのである。また、十勝川を下ろうとするときに水量が足りないと、ダムの管理事務所に一発電話を掛けて放水させるそうである。「サホロACC」の ACC とは Aggressive Canoe Club の略だそうだが、さすが Aggressive を名乗るだけのことはある。

 湊商会に戻ると、会長は、今夜はクラブハウスに泊まっていけと言ってくれた。ありがたくご厚意を受けることにし、会長と別れて、明日からの川旅のための食糧および酒の買い出しに行った。そうして焼肉屋で夕飯にした。こちらでとれる肉を使うからどれもみんな安い。それでどんどん食べた。もちろんどんどん飲んだ。

 満腹になったところでクラブハウスに戻った。明日からの旅の準備をし終わり、カナディアンカヌーが所狭しと並べてある部屋の片隅で缶ビールを飲んでいると、じきにサホロACCのクラブ員が何人かやってきた。どうもどうもと挨拶すると、彼らは向こうの方に行って何やら忙しそうにしている。近々行われるイベントの準備だそうで、手伝いましょうかと言ったら、いえ大丈夫ですということなので、こっちはこっちで飲み続けた。あとで一緒に何やら喋ったけれど、もう酒が回っていたので殆んど忘れてしまった。一つ覚えているのは、メンバーの中に一人女の子がいて、それが昼間会長が言っていた「25歳の女の子」だったようなのだが、どうもどこかで見た様な顔をしている。話をそっちのけで考えて、それでも思い出せなかったけれど、他のメンバーがその女の子を「かまやつ」と呼んだので疑問が氷解した。

 そうだそうだ。目や鼻の辺りや髪型も、かまやつひろしに実に良く似ている。
 思わず吹き出しそうになったがそれは失礼になりそうなのでぐっとこらえた。
 かまやつさんは帯広の「六花亭」に勤めているそうで、この辺りから30分くらい車を飛ばして通っているそうである。六花亭なら良く知っている。僕の職場では、北海道に出張すると大概ここのお菓子を買ってくる。「マルセイバターサンド」がなかなかうまい。

「帯広にあるのが本店なんですよ」

とかまやつさんは言った。
 本店でしか売っていない「サクサクパイ」というのがあるそうで、ではそれを土産に買って帰るとしよう。



 クラブに備え付けてある布団でぬくぬくと熟睡して起きた。

 ここから出発地点の新清橋まで5分ほどだと聞いていたが、会長が車でそこまで連れていってくれることになった。まったく昨日から世話になりっぱなしである。
 そうして車で走って行くと結構遠い。地図で見ると2キロくらいあって、北海道での道程は車が前提になっているということを認識した。

 橋の脇の道を降りて河原に出ると、川幅一杯の水がすごい速さで流れている。

 「結構流れているね。これなら歩かなくて済むね」

 湊さんが言った。昨日見物しに行った屈足ダムの発電所放水口がここから1キロ下にあって、いつもはそこまでは水が少ないのだそうである。昨日の大雨で水がいっぱいになったので、ダムが直接放水しているのだろう、水量は十分である。いや、十分過ぎてちょっと怖いくらいである。

 別れの挨拶をすると湊さんは帰っていった。何から何までお世話になって、昨日からお礼ばかり言っているが、この後さらに迷惑をかける事件が待ち構えていたのである。それは追々明らかになるからここでは省略して、フネも組み立てたし、そろそろ出発しよう。


 流れにフネを乗せると、まだ河原にいる二人の姿はあっと言う間に小さくなってしまった。川幅は50メートルくらい、両岸は鬱蒼とした森で、その上を大きく空が覆っている。水位が大分上がっているらしく、河原に生えている草が流れに洗われている。大雨の影響か、放水の影響か、水は泥で濁っているが、人工的な汚れはないようだ。しかし恐ろしく冷たい。


 WさんとA君が追いついてきた。

「いやーすごいね、この流れ」

とA君が言った。川の中央にいるとそうでもないようだが、岸を見るとかなりの速さで木々がすっ飛んでいく。

「そうだな、沈したらどこまでも流されちまいそうだな」

 それで初めは恐る恐る漕いでいたが、じきに慣れた。そうなると実に快適である。
 去年四万十川を下ったときには浅瀬ばかりでなかなか先へ進めなかったが、この十勝川では全く漕がなくてもどんどんフネが流れていく。ふくれあがった水がおさまりがつかなくなり、そこここに三角の波が立っていて、そういう瀬を選んで通った。波がフネの底をばんばん叩いて、体が前後左右に揺れて、大変面白い。

 出発から30分漕ぐと、前方から不気味な瀬の音が聞こえてきた。テトラポッドの列が流れに垂直に、左右から互い違いに入っている難所である。いきなり突っ込むとひどい目に遭うのは必至なので、岸にフネをつなぎ、土手の上を歩いて様子を見に行った。まず右岸からテトラが川の向こうまで伸びていて、その数十メートル下流に今度は左岸からテトラの列が突き出ている。川の流れがその上を乗り越えて、後ろに白濁する瀬をこしらえ、轟音を発しており、互いの声が聞こえない程である。

 「何だってこんなところにテトラがあるんだ」
 Wさんが言った。確かにこの、流れに直角のテトラが何の役に立つのか分からない。しかしここで憤っていてもテトラがなくなるわけではないから、よけて通るより仕方がない。増水しているので下流側のテトラのさらに左に水路ができている。あの左側の水路を抜けよう。そうしよう。
 と作戦を決定して、フネのところに戻った。
 まずWさんが出陣し、僕が続いた。川の上流を向いて左岸の方までフネを移動させ、下流を向いた。上のテトラの左側を無事に通過する。そうして次のテトラを見ると、Wさんが水の中に突っ立っていて、目が合うと腕を交差させて×印を作った。脇にテトラに突っ込んで止まったWさんのフネが見えた。やってしまったか。

 今度は自分の番であった。二つ目のテトラの列を避けてうまく水路に入ったら、そこは大変浅かったのである。がりっと船底が砂利を噛んで、次の瞬間、天地が引っくり返った。やっとのことで冷たい水の下から這い出して後ろを見ると、A君は無事に接岸したようだ。全滅しなかったのでややほっとする。

 流れが速くて、一人ではフネが流れていこうとするのを押さえるので精一杯なので、残りの二人に手伝ってもらって僕のフネをやっと中州に上げた。

 「いやー生きているってすばらしいなあ。それにしても高野が引っくり返ったときはどうしようかと思ったよ」

 Wさんが言った。どうやら事故のショックから立ち直ってきたようだ。

 「何でテトラに突っ込んじゃったの?」
 A君が聞いた。

 「川の左の方に漕いでいったつもりなんだけど、どんどん流されちゃったのよ。で、振り返ると目の前にテトラがあって、横向きになったまま上を通過した」
 「よくそこで沈しなかったですねえ」
 「奇跡だな。それで体勢を立て直してるうちに次のテトラが迫ってきて、ああなったわけ」

 Wさんはテトラの方を指したのだが、刺さったままになっているはずのフネが見当たらない。と、我々の脇を無人のカヌーがするすると流れていくではないか。

 「あ」
 「あ」
 「あらー」

 川に飛び込んで追い掛けようと思ったが、この冷たい水の中を泳いでいくのは危険すぎる。それに何キロ流されるか分からない。躊躇しているうちに、Wさんの赤いフネは軽やかにどんどん川を下って見えなくなってしまった。



 流れてしまったものはどうしようもないのであって、このまま三人で中州に突っ立っていても埒が明かない。ここでは大声を出さなければ話ができないので、もう少し落ち着ける場所で待ち合わせることにし、Wさんは陸路で、A君と僕は水路で、すぐ下の上川橋を目指した。どこかにフネが引っ掛かっていないかと、きょろきょろと見回しながら下ったが、結局何も発見できず、やがて橋に着いてしまった。
 まだWさんは来ていない。

 今日はずっと曇り気味の天気だったが、時々太陽が顔を出すようになって気温が上がってきた。

 「A君、ビールでも飲もうか」
 「そうしよう」

 何となくWさんには悪いようだが、乾いた喉にビールが大変うまい。ついでに昼飯を作って食べたけれど、まだWさんは来ない。

 「暇だから釣りでもしようか」
 「そうだなあ」

 いかにも魚がいそうなポイントがたくさんあるのである。二人でルアーを投げて、魚は全然掛らなかったけれど、釣りを楽しんだ。そうしているうちに、軽トラックが河原にやってきて。助手席からWさんが降りた。

 その後のWさんはえらく苦労したらしい。狂暴に茂る下草を掻き分けて崖をよじ登って、やっと陸地に上がってやれやれと思ったら、何しろ川が増水しているから、本流から分岐した流れが行く手を阻む。

 「仕方がないから木の枝を伝って流れを渡って、また薮漕ぎして、何回かそれを繰り返したら、目の前にとうもろこし畑が現れたんで、大袈裟だけど、助かったと思ったね」
 畑の向こうの家で事情を話して警察に電話させてもらい、その家の人にここまで連れてきてもらったというわけである。

 軽トラックのおじさんに一同頭を下げて丁重にお礼すると、おじさんは「まあ気を付けて行けや」と去っていった。


 さて、これからどうしようか。メンバーが一人減ってちょっと心細くなったけれど、この先にはもうああいう障害物はない。注意して下れば大丈夫だろうと思う。Wさんは先に帯広に行って、観光でもしてて下さい。うまい飲み屋を見つけといてくれたら嬉しいなあ。

 Wさんの財布はフネに積んだ荷物の中に入っていたそうで、フネが流されてしまったから一文無しである。数枚の一万円札を渡して、そこで別れた。去って行く後ろ姿が寂し気である。


 A君と二人で再び水の上に出た。まだ陽は高いし、もう少し進んでおきたいところである。水面と、人の手の入っていない森と、呆れるくらい大きく広がった空が、果てしなく遠くまで続いている。どこまでも同じようなものだからつまらないかというとそうでもなくて、風景がどんどん変わっていくから飽きることはない。

 「そう言えば、Wさんのフネに食糧が積んであったんだよね」
 「そうだね。どこかで補給しとこうか」

 予備のフリーズドライの食糧があるにはあるけれど、それだけではいかにも味気ない。ビールも残り少なくなってきている。地図を見ると、清水大橋の近くに学校がある。だから、きっと何か店もあるだろうと見当をつけ、そこで上がることにした。が、清水大橋に来てみると、両岸とも河原が水没していて崖か森になっている。とてもフネを着けることができない。水辺に降りる細い道をやっと見つけたので、そこに近づこうしたが、フネはずるずる流れに押し戻されてどんどん橋が遠くなっていく。
 仕方ないから、ビールはあきらめよう。またしばらく川を下り、5キロ程漕ぐと、高速道路の橋のところに丁度良い河原があったので、そこに上陸した。

 夏の川辺だから、上陸すると蚊がわっと寄ってくると思ったが、全然そんなことはない。覚悟してきたのに拍子抜けである。代わりに小さな蠅が水辺のそこここの石の上にいっぱい止っていたが、蠅だったらちっとも怖くはない。そう思って安心していたけれど、実はこいつにひどい目に遭わされたのである。蠅だと思い込んでいたのは実は蚋で、人を刺す。刺されると小さい血溜りだまりのようなものができ、それを中心に直径3センチくらいが薄く腫れて、かなり痒い。しかし掻いてしまうと大変で、背筋に寒気が走る。思わず声が出そうになるほどである。そうしてなかなか治らないので触らないように注意しなければならない。この旅で五六箇所刺されたが、治るまで二三週間もかかった。


 テントを張ってわびしい夕食を終え、焚火を起こして酒を飲んだ。あんまり人が訪れないのであろう、岸には流木がふんだんに落ちていて、燃やすものには苦労しない。これが関東の川だとカヌー乗りの密度が高いから、めぼしい流木はみんな燃し尽くされてしまうので、念を入れて薪探しをしなければならない。

 時折高速道路を車が通りすぎるくらいで他に人の気配がない。僕とA君のテントを除いて、見渡す限り建物がない。そう言えば朝から一人の釣り人も見掛けなかったし、我々のように川を下っているカヌーもいなかった。

 「ここまで人がいないと、この川で遭難したら大変だろうねえ」
 「捜索するのも大変だよね」

 その通りで、後で湊さんに聞いたところによると、昔Wさんと同じようにフネを流してしまった人がいたのだが、どこにもそのことを届けずに帰ってしまった。
 その後下流で無人のフネが発見されて、これは遭難したかと騒ぎになって、ヘリコプターまで出動させて流域を捜索したそうである。だからそういうことがあったら、Wさんのように、然るべきところに報告しなければならない。

 「Wさんは帯広に着いた頃かなあ」

 後から聞いたのだが、このときWさんはこの辺りをうろついていたそうである。
 上川橋で別れの握手をした後、Wさんは、新得の湊さんに電話した。顛末を報告すると、湊さんは、
 「俺のところに泊まっていけ」
 「いや、お金も借りたし、帯広に出てホテルに泊まるから大丈夫ですよ」
 「いいから来い」
 そういうことになり、Wさんは湊会長と再会した。そうしてラーメン屋で一緒に食事した後、餃子を大量に買い込み、我々に差し入れようとめぼしい橋の辺りを車で探し回ったそうである。だから、清水大橋でもう少し根性を出して上陸していれば、我々は餃子にありつけたことになる。実に残念である。


 翌日は朝から良く晴れた。どこまでも青く広がった空の下を十勝川は昨日と同じように豪快に流れている。それにしてもこの川は分流が多い。流れが二分、三分してはまた合流する。それが複雑に折り重なっている。上空からみたら面白いだろうなと思う。幅2メートルくらいの流れが森のなかにごうっという音を立てて吸い込まれていく、そういう細流も頻繁に見られる。

「あっちの方が面白そうなんだけどなあ、ウォータースライダーみたいで」
とつぶやくと、

 「でも浅いし、倒木がいっぱいあったから一発でフネが壊れちゃうよ。それにあの流れ、本流にちゃんと戻ってくるのかなあ」

 A君がそう言うので、挑戦するのはよした。

 今日は何も事件が起こらないので、休憩を含めても2時間程しか漕いでいないのにもう15キロも進んでいる。このペースでどんどん下ったら、明日の楽しみがなくなってしまうだろう。まだ正午を少し過ぎたばかりだけれど、上陸することにした。

 夕方まで昼寝をして過そうかと思ったけれど、晴れ渡った空の下で気温がぐんぐん上がって、まるで蒸し風呂である。木陰に入って寝転がったけれど、汗が吹き出してきて到底寝ていられない。川に入って涼もうと思ったけれど、足を5分も浸けていると痺れてくるほど冷たい。それに相変わらず流れが速いので、ちょっと足が滑ったらあっと言う間に流されて、戻って来られなくなりそうだ。そういうわけで、何もできないのでいらいらする。

「もうちょっと下ってみようか」

と言うと、A君も同感だったようで、賛成した。

 それで、一旦広げた荷物をまとめて漕ぎ出して、ほっとした。やはり、陸にいるより水の上の方が涼しい。そうしてまたしばらく下って、北から流れてきた然別川との合流点のちょっと先にある河原に上陸した。


 ようやく日が傾いてきたので、さっきほどは暑くない。テントを張ってその中で寝ていると、川の方から盛んに魚の跳ねる音がし出した。そこでテントを飛び出してルアーを投げた。A君も同じように寝ていた筈だが向こうの方で同じことをしている。


 北海道は日が落ちてもなかなか暗くならないので、夕まずめが何時間も続く。周りに他の釣り師はいない。そういう素晴らしいところなのだが、何度竿を振っても全く感触がない。  そろそろやめようと思った頃に、A君のルアーに魚が食い付いた。しかし、リールを巻いて引きずってきて、取り込もうとしたところで、針が外れて逃げられた。それでも釣れたもんだから、丸坊主の僕に向かってしきりに自慢する。

 なに、逃げられた魚は釣ったうちに入らないのである。


 昨日と同じメニューの夕食を終え、焚火を起こした。A君も僕も無口な方なので、さっきからものを喋らない。ただ黙って酒を飲むだけである。しかし焚火の揺らめく炎と薪のはぜる音を聞いていると、いつまで経っても飽きない。

 そうしていると、遠くの方でどん、どんと鈍い音がする。何だろうと思って辺りを見回すと、東の地平線のすぐ上に、光がぱっと小さく広がった。

 「あっ」

 と僕が叫んで指さすと、A君もその方角を見た。光はそれからゆっくり崩れて消えた。帯広駅のポスターにあった、花火大会に違いない。

 「そうか、花火大会は今日だったっけねえ」
 「もう帯広まで5キロ位しかないから、この辺からでも見えるんだね」

 またどん、どん、どんと打ち上げの音がして、その音が静まってしばらくすると、空の彼方に小さい花が次々に咲いた。焚火の炎の後ろに明滅する花火というのは何だか奇妙に美しく、僕とA君は時間を忘れて眺め続けた。

[おわり]


十勝川遠征 ツーリングデータ Copyright (C) 2001- MINatsuki(June Arai)
http://gekiryu.infoseek.ne.jp/


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