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居候高野の軟弱川旅日記

〜 第1次魚野川遠征 〜


[1997年6月7日〜8日]



 6月7日の日曜日の朝7時ちょうどの上越新幹線「あさひ1号」は、僕とA君の二人を乗せて、するすると東京駅をすべりだした。残念ながらWさんは仕事で来られなかった。

 遠征の度に休みを取るのは気が引けるし、大体休みを取らなければならないような遠くにばかり行くのでは、お金が幾らあっても足りない。だから今回は近場で済ます。
 我々がこれから向かうのは魚野川、群馬と新潟の県境の谷川岳から流れ出て川口町で信濃川と合流する短い川である。週末の土日だけを利用するので、短い魚野川のそのまた一部をつまみ食いして、明日の新幹線でまた戻ってくる。


 「あさひ1号」は我々が降りる越後湯沢駅まで、途中で一度も止まることなく走るから、速い。都心とそのベッドタウンをあっと言う間に駆け抜け、田園を突っ切り、山に入って何本かトンネルを抜けると、もう着いた。一時間余りしか経っていない。
 ここで上越線に乗り換える。すぐに8時20分の列車が出るのだが、今回は宅配便に頼ることなく荷物を全て自分の手で運んでいるから、その小山のような荷物を持って素早く乗り換えの作業を行うのは大変である。それよりも次の列車に乗ることにして、待ち時間で朝飯を食べようと打ち合わせてあった。だから、ゆっくり歩いて駅弁を買いに行った。しかし、

 「あれ、閉ってるよ」

とA君が言った。シャッターが降りている。

 「そうか、まだ朝が早いもんな。うーむ、ここまでは計算してなかった」

 仕方がないから開いていた売店でビールとポテトチップスを買って、駅のベンチに座り込んだ。霧雨が降っていて空はまだ暗く、少し寒い。陰々滅々とビールを飲んでいると、終電に乗り遅れて駅で一夜を明かした酔っぱらいが迎え酒をしているような気持ちになった。


 9時4分発の特急「はくたか4号」で六日町へ向かう。特急だから15分くらい乗ったらすぐ着いた。駅前のハンバーガー屋でやっと朝飯にありつき、重たい荷物を引きずって川まで歩いた。駅から10分程なので、川下りをする人種にとっては交通の便が実に良い。天気は快方に向かい、だんだん陽が射してきた。運が良いことに、我々はこれまで遠征先で雨に降られたことは一度もない。今回も大丈夫そうだ。


 河原に降りると、我々と同じようなカヌー乗りの先客が何組もいて、朝から盛況である。他の川では既に鮎釣りが始まっているのだが、この川は水温がとても低いので、解禁になるのは7月を過ぎてからである。だから皆ここに集まって来るのだろう。

 そろそろ準備をしよう。これまでのように出発地点で泊るわけではないから、そんなにゆっくりしていられない。フネを組み立てて少し休憩してから買い出しに出掛けた。
 酒屋はあったが食糧を買えるところがない。駅の方にスーパーがあったのは覚えているけれど、そこまで戻るのは面倒である。明日上陸してから買うことにした。予備の食糧は用意してきている。それで酒屋に入ると「じょんのび」という名のビールが目を引いた。大手メーカーの地方限定のもので、どうせ味は普通のものとたいして変わらないのだが、そういうものを見ると手に取ってしまうたちである。
 それを5本ずつ買って、河原の方へ歩いた。

 「じょんのびって、どういう意味なのかなあ。A君知ってる?」
 「さあ、何だろね。この辺の方言じゃないのかな」

 後日、新潟出身の親に電話を掛けて聞くと、

「ああ、それはね、『ゆっくりする』とか『のんびりする』という意味だよ」

 と教えてくれた。最初の「じょ」にアクセントがあって、それからだんだん音が低くなって「び」に至る。客に向かって「じょんのびしてってやー」などと使うそうである。


 その「じょんのび」ビールを一本飲んで、ちょうど正午に出発した。雪解け水が入っているのか、水量は多く流れはなかなか速いが、あの飛んでもない速さだった十勝川程ではない。上流に向かって漕いでみるとゆっくりながらも遡れるので安心する。水温も低いと聞いていたけれど、十勝川に比べれば余程暖かい。遠くに山が望む盆地を魚野川は適度な速さで流れていく。両岸には結構家が見えるので、あんまり川旅の情緒はないけれど、水質は良い方だ。50センチくらい下にある川底がちゃんと見える。雲が切れて、青空が広がってきた。

「なかなかいい川じゃないですか」

 と二缶目のじょんのびを開けると、すぐに瀬が現れた。急いでそれをドリンクホルダーにしまって体勢を整え、奇声を上げて進入する。波が高く、頭の上からざばりと水が降ってくる。暑くなってきたのでちょうど良い。そういう瀬が大体500メートルおきに現れるので退屈しない。

 リポビタンDのコマーシャルで今ちょうど(注:1997年)、例の筋肉隆隆の二人がカヤックに挑戦している。あのコマーシャルは実にいい加減なもので、ちょっと知識があるとすぐに嘘が分かる。洞窟の中を何だか必死に漕いでいるけれど、あんなに穏やかなところで急いで、一体どうするのだろう。帰りの電車に乗り遅れそうなのだろうか。
 そうしてその後に滝落ちするところでは、左側のお兄さんが岩に激突しそうで、見る度にはらはらする。もっともあの場面は合成のようだったけれど。


 しかしあの掛け声は気に入ったので我々も採用することにした。瀬に突入するときに、先頭の者が「ファイトおぉぉ」後ろが「いっぱあぁぁつ」と叫ぶことに取り決めた。実際に試してみると、なかなか気合いが入ってよろしい。


 そうして次々に瀬を乗り越えていくと、関越自動車道の橋が見えてきた。「八海橋」と地図に書いてある。この八海橋の直後にもう一つ橋があって、それをくぐるところにブロックの入った堰堤があり、要注意地点となっている。事前に調べたところによると、この先は流れが二つに分かれていて、左の水路が迂回路になっているそうである。それで、川の左側にぴったりと張り付きながら慎重に進んだ。しかし、そうして分流点とおぼしきところまで漕ぐと、そこで川は二股ではなくて三つの水路に分かれている。

 「ちょっと話が違うけど、どうしようか」
 「左側が迂回路って書いてあったから、やっぱり左に行くしかないんじゃないの」
 「でも、何だかすごい瀬ができてるよ」

 二つの岩の間の水面がきれいに下向きに湾曲した水面になっていて、そうして恐ろしいことに、先が見えない。轟音が聞こえてくるばかりである。段々緊張感が増してきた。

 「あんな落ち込みを下るんですかー。やだなあ」
 「しかし、行くしかないよね」
 「お先にどうぞ」
 「そっちこそお先にどうぞ」
 「……」
 「……」
 「ジャンケンしようか」

 負けた僕が先陣を切ることになった。

 覚悟を決めて漕ぎ出した。岩の間をすり抜けると、フネが大きく前に傾いて、真下の水面に向かって落下した。ジェットコースターが高みから奈落へ落っこちるときの様子に似ている。僕はジェットコースターが大嫌いである。後から考えるとちょっとは面白かったようなのだが、そんな落ち込みを下るのは何しろ初めてだから、面白がっている余裕は全くない。ついさっき、リポビタンD風の掛け声で行こうと決めたばかりだけれど、声一つ出ない。しばらく茫然としていて、はっと我に返ると、目の前に壁が迫っている。ぐいとフネを右に向けてかわした。振り返るとA君がやってくるところだった。彼も無事だったらしい。まだ心臓が早鐘のように鳴っている。

 「ちょっと、休もうか」

と声を掛けると、

 「おう」

とA君もやや力のない声で同意した。

 陸に上がるとちょっと足がふらついた。恥ずかしながら、どうも腰がちょっと抜けてしまったようである。


 休憩して、そのついでに遅い昼食を取ってから、フネに乗り込んだ。あとは差し当たって注意を要するようなところはない。快適な流れに乗って、次々に現れる瀬をどんどん通過する。面白いのだけれど、忙しくて、カメラを取り出して写真を撮っている暇がない。それにおちおちビールを飲んでいられない。
 やがて、左岸の土手の向こうに近代的な建物が見えてきた。浦佐の町である。今日はここで一泊することになっている。



 フネを岸に引き上げてテントを張った。このすぐ下にまたちょっと覚悟が要りそうな瀬があるのだが、これは明朝に越える予定である。その瀬を横目で見ながら駅の方に今夜の食糧の買い出しに行った。
 浦佐は新幹線が停まる駅だから、町は結構大きい。

「家の玄関が高いところにあるね」

 A君が言った。確かに、階段を上った先に玄関がある家が目につく。道路と同じ高さに入り口がある家は少ない。なるほどこの辺りは雪が深いのだろう。地図を見るとスキー場が周りにたくさんある。しかし今はスキーの季節ではないから、通りは閑散としている。

「ところで、そこに居酒屋があるよ」
とA君が言った。

「いや、それはよしましょう。川旅が終わってから打ち上げで飲む酒がうまいのであって、ここで日和ってはいけない。ほら、あそこにスーパーがあるから食糧はちゃんと手に入るよ」

 まだ早い時間なので、土産物屋を冷やかしたり、神社を訪れたりして、町中をうろついた。そうしていると、とても川旅をしているとは思えない。これではまるで観光旅行である。

 「よくよく考えたら、明日は飲んでる暇ないよね。帰りの電車があるから」
 「それもそうだねえ」

そこでスーパーの前を素通りして、さっきの居酒屋に入った。


 「かんぱーい」
 「かんぱーい」
 「いや、夢のようだね」
 「いつもろくなものを食ってないからねえ」

 いつものツーリングでは出発前と到着後の食事だけが豪華で、途中のキャンプ地ではパンとかラーメンとかフリーズドライとか、食料事情は実に質素であった。凝ったものを作るのが面倒くさいのである。しかし今日は自分で作らなくても勝手に出てくるので、うれしくてどんどん注文してしまう。
 お酒の方も、さすがに新潟県で、有名なのがニューにずらずらと並んでいる。八海山、久保田、越乃寒梅、緑川…。どれを呑もうかと迷うほどである。


 すっかり満腹して店を出た。カラオケボックスがあったので、ちょっと歌っていこうかという案が浮上したけれど、それでは何しに来たのだか分からないので、それはやめることにした。そうして明日飲むためのビールを買ってテントに帰った。

瀬の音を聞きながら眠りに着いた。


 翌朝、出発の準備を済ませてから、すぐ下の瀬を偵察した。それまで静かだった水面が急に落ち込んでいて、水の塊が岩の上を越えて砕け、その後は泡で真っ白である。そのちょっと下にもう一つ同じような瀬があって、なかなか迫力がある。波がかなり高い。流れの中に幾つか岩が見えるので、左から入って右に抜けようとルートを決めた。

 またジャンケンに負けたので、僕が先頭である。おそるおそる瀬に進入した。しかし昨日の八海橋の難所とは違って、事前に十分に偵察したので、今度は随分余裕がある。何度も水をかぶって、実に爽快である。
 振り返ってA君にカメラを向けると、パドルを上に振り上げてポーズを取った。しかしシャッターが切れない。おかしいなと思ったらフィルムが切れていた。

 「ああ、面白かった」
 「また下りたいね」



 この後もパワーのある瀬が次々に現れる。瀬の勢いがいいのは相変わらずだけれど、だんだん川幅が広くなり、瀞場が目立つようになった。

 「僕は気に入りましたよ、魚野川」
 「こんなに面白い川がこんなに近くにあるとは思わなかったね」
 「ちょっとレベルが高いけど」
 「でも、これで様子は分かったから、次からは大丈夫」
 「うんうん」
 「食事の心配がいらないのがいいね。鍋を持ってくる必要もない。腹が減ったらその辺で上陸して店に入ればいいんだし」
 「酒も揃ってるしね」
 「また秋頃に来ようか」
 「そうしよう」

 きょうもいい天気になり、真夏のように暑い。振り返ると、青空の下に八海山の偉容が我々を見下ろしていた。

[おわり]


第1次魚野川遠征 ツーリングデータ Copyright (C) 2001- MINatsuki(June Arai)
http://gekiryu.infoseek.ne.jp/


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